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岡山地方裁判所 昭和55年(ワ)689号 判決

原告

徳田武士

被告

水澤英二

主文

一  被告は、原告に対し金六四七万六三四一円およびうち金五八七万六三四一円に対する昭和五五年一〇月三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し金三二〇二万三七七六円および内金二九〇二万三七七六円については昭和五五年一〇月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1項につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五一年七月一三日午後七時四五分ころ

(二) 場所 岡山市下伊福本町三番一四号先

(三) 加害車両 普通乗用自動車(登録番号岡五五み二一三〇)

右運転者 被告

所有者 被告

(四) 被害者 原告(大正一一年一月一五日生)

(五) 態様 前記日時、場所において、原告が自転車に乗つて西進中、後方から同一方向に直進してきた加害車両に自車右側側面に接触衝突された。

2  責任原因

(一) 運行供用者責任(自動車損害賠償保障法三条)

被告は、加害車を所有し、業務用に使用し、自己のために運行の用に供していた。

(二) 一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告は、加害車両を運転して西進中、自転車に乗つた原告が右に進路をとつていることを認めたのであるから、その動向に注意をはらい安全な速度に減速して進行すべきであるのに、これを怠り、これを追越そうとして従前と同一速度の時速約五〇キロメートルで進行した過失により、本件事故を発生させた。

3  受傷、治療経過等

(一) 傷病名

側頭骨々折、脳挫傷、側前頭葉脳内血腫、傾眠、右上肢筋力低下、運動低下等。

(二) 治療経過

入院

昭和五一年七月一三日から同年八月二三日まで岡山協立病院

昭和五一年八月二四日から同年一二月二一日まで林道倫病院

昭和五一年一二月二五日から昭和五二年二月五日まで岡山紀念病院

昭和五四年七月一日から同年同月二三日まで光生病院昭和五五年二月一三日から同年同月二五日まで光生病院

昭和五五年二月二六日から同年七月二八日まで洋友会中島病院

以上入院期間合計三九五日間

通院

昭和五一年一二月二一日から昭和五二年七月二八日まで(通院実日数一五日)林道倫病院

昭和五二年二月六日から同年三月二四日まで(通院実日数五日)岡山紀念病院

昭和五四年七月二四日から同年九月一四日まで(通院実日数八日)光生病院

(三) 後遺症

頭部打撲後遺症として、外傷性てんかん、強度の精神障害(記憶障害、判断の錯誤、抑制力減弱、人格の変化)などが発生し、就労は無論のこと、一人で正常な日常生活を行うことができず、常に介護が必要な状態にある。

4  本件事故に基づく損害

(一) 治療費 金三五万六七二〇円

光生病院分 金一二万六一八九円

中島病院分 金二三万〇五三一円

(二) 入院雑費 金三九万五〇〇〇円

入院中一日金一〇〇〇円の割合による三九五日分

(三) 入院付添費金 一二万六〇〇〇円

入院中昭和五一年七月一三日から同年八月二三日までの四二日間一日三〇〇〇円の割合による

(四) 後遺症に基づく将来の逸失利益

金一五六八万六六八八円

年収金一八二万六一五七円、労働能力喪失率一〇〇パーセント、労働能力喪失期間一一年間、このホフマン係数八、五九〇

算式 一、八二六、一五七円×八、五九〇=一五、六八六、六八八円

(五) 慰藉料 金一七二〇万円

(六) 弁護士費用金三〇〇万円(但し、被告に負担させるを相当とする分のみ)

以上合計 金三六七六万四四〇八円

5  損害の填補

(一) 被告から金五万円

(二) 自賠責保険金四六九万〇六三二円

傷害分が金七七万〇六三二円

後遺症分が金三九二万円(九級相当額で昭和五二年ころの後遺症認定)

6  本訴請求

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は被告へ訴状送達の翌日である昭和五五年一〇月三日から民法所定の年五分の割合による。但し、弁護士費用に対する分については除く。)を求める。

二  請求原因の認否

1  (事故の発生)の(一)ないし(四)は認め、(五)は争う。

本件事故現場付近の道路を西進中の被告運転車両の前に、原告が左右の確認を怠つたまま飼犬二匹を連れて自転車で斜め横断(北西方向へ進行)をする形で飛び出してきたため、双方が接触し、原告はその場に転倒したものである。

2  (責任原因)(一)については、運行供用者であることは認める。同(二)は争い、過失については否認する。

本件事故は、原告が道路の横断に際し左右の確認を怠り、しかも犬二匹を連れて自転車に乗る(犬二匹とも鎖につないで自転車に乗つたまま引つぱつていた)という危険な運転をしていたことに起因する。

3  (受傷、治療経過)については、原告が本件事故で受傷したことは争わないものゝ、その部位、程度、治療経過の詳細は、いずれも不知。

4  (損害)は、いずれも不知。

5  (損害の填補)は認める。

6  (本訴請求)は争う。

三  被告の主張

(過失相殺)

本件事故の発生については、原告にもつぎのような過失があるので、賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。即ち、

本件事故現場の道路が幅員一四メートル(片側二車線)の広い道路で、しかも午後七時すぎという時刻からして、交通量の多い時間帯にも拘らず、同所を飲酒した状態で革ひもでつないだ柴犬二匹を一方の手で操りつつ、前照燈を点燈せずに自転車に搭乗して、道路の左右、後方の確認を怠り斜め横断した。

もつとも、被告の側にも前方注視を厳にしてより早い時期に原告を発見して事故回避措置をとるべきであつたと一応言い得ても、事故当時は薄暮時の状態で、運転者にとつては前照燈を点けたとしても視界が悪い状態であつた。つぎに、原告発見の際速やかに急停車の措置をとつて事故の発生を未然に防止すべき義務を怠つたとの点も、被告が原告らしきもの(一瞬動くもの)を認めたのは、その手前三二・七メートルであり、当時毎時五〇キロメートルで走行していたことからすれば、直ちにかような措置をとつたからとて衝突を避け得たものとは断言しがたく、いずれにしても、その程度は原告の過失に比して小さいものといえる。

(損害についての意見)

原告の外傷性てんかん症状が、本件事故に起因するものかは全く疑問がないわけではないが、事故によるものとしても、てんかんと言つても、遺伝性と外傷性、外傷性の中でも発生頻度の高いものから低いもの、発生抑止が容易なものとそうでないものというように多種多様に分類されるのであつて、原告の症状は、発作の発生頻度、発作の程度等からして最も軽度なものとして、頭部外傷性後遺症という精神・神経機能の障害の中に包含される一症状とみる(自賠責保険の後遺障害等級第九級第一〇号相当)べきものである。

原告請求の将来の逸失利益、慰藉料についても、原告の労務が相当な程度に制限されることは認められるが、比較的軽度な労務にも服することができないとか、況んや終身労務に服し得ないとの前提での逸失利益の算出は到底肯認できない。

慰藉料額についても、その請求は過大にすぎ、入通院の期間、症状、後遺障害の内容、程度等からみても金四八〇万円をもつて相当額と思料する。

四  被告の主張に対する原告の反論

本件事故の発生について原告にも若干の過失の存することは否定しがたいとしても、それは、原告が後方の安全確認を十分にしないで進路を徐々に右にとり道路を横断していたことに尽きるのであつて、犬を連れていたからといつても、犬に引かれて急に石にぐらついたため生じたものでもないし、飲酒云々の点と事故発生との間にも何の関係もない。

原告の後遺症の程度は、被告のいうような程度に止まるものではなく重度である。

これを、後遺障害等級表に当てはめていうなら第一級第三号か、それに準じて考えられるべきものである。

原告の場合、とても就労は無理であり、日常生活を一人でさせること自体危険で、なんらかの形で常時看護を要する。判断力、思考力などはないが、行動力と持病をもつ大の男を抱えた家庭の悩みは深刻で、それは家庭全体の安定と平和を根底から覆えすものであり、その精神的苦悩たるや金銭には代えがたい。

第三証拠〔略〕

理由

第一事故の発生

請求原因1の(一)ないし(四)の事実は、当事者間に争いがなく、(五)の事故の態様については、いずれも成立に争いのない乙第一、第二、第六号証、第七号証の一ないし五、第八、第一二ないし第一五号証、第一八号証、被告本人尋問の結果によると、つぎのとおり認められる。

本件事故発生現場は、前方の見とおしの良い片側二車線(車道幅員六、八メートル宛)の直線道路で、路面はアスフアルト舗装され、平坦で、当時乾燥していた。被告は、加害車両を前照燈を点燈し、時速約五〇キロメートルでセンター寄りの車線を西進中、前方約三二・七メートル先に自転車に乗り、左(南)側歩道寄り車線右端から自車走行車線内に入つてきつつある原告を認めたが、そのまゝ同人の右側を追い越して行けると考え進行したところ、八、四メートルに追つて、にわかに接触の危険を感じ、急ブレーキをかけたものの及ばず、自車左前部を原告運転の自転車に衝突させ、同人を路上に転倒せしめた。

一方、原告は、当時小犬二匹を連れて散歩を終え、事故現場を右折して北方に通ずる道路(幅員四メートル)に入ろうとしたのであるが、交通量も少なかつたことから、後方の安全確認を尽さないまゝ道路中央の方に寄つたため本件事故にあつた。

第二責任原因

請求原因2の(一)の事実は当事者間に争いがないので、被告は自動車損害賠償保障法三条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

第三損害

受傷、治療経過等

いずれも成立に争いのない甲第二ないし第一三号証、光生病院、林道倫精神科神経科病院への各調査嘱託についての回答によると、原告は、本件事故で左側頭骨々折、脳挫傷、左側頭葉、前頭葉、脳内血腫等の負傷をし、受傷当日岡山協立病院に入院したが、三日間程こんすい状態、その後一〇日間は失見当識者明、その後も時々不眠、夜間せん妄を来たし、同病院退院後、林道倫精神科神経科病院で引続き治療(途中肝機能障害、疑糖尿病が発見され、精密検査により軽度の肝障害と診断されて、昭和五一年一二月二五日から翌年二月五日まで岡山紀念病院に入院、以後同年三月二四日まで通院加療)の結果、昭和五二年三月末ころをもつて、事故当時の記憶脱落、物名、人名などの再生不良等の記憶障害、判断の錯誤、抑制力減弱、痴呆は軽度にとゞまる等の障害を残して症状固定した。しかし、その後昭和五四年七月一日に、さきの頭部外傷に起因するてんかん発作が出現し、同日から光生病院、続いて中島病院に入通院して治療をうけた。なお、前記各病院での入通院治療期間は、いずれも請求原因3(二)治療経過に掲記のとおりである。との各事実が認められる。

(一)  治療費

いずれも成立に争いのない甲第一四号証、第一五号証の一ないし六、第一六、第一七号証によると、原告は、本件事故による受傷の治療費として、請求原因4(一)のとおり合計金三五万六七二〇円を要したことが認められる。

(二)  入院雑費

原告が三九五日間入院したことは、前記のとおりであり、右入院期間中一日七〇〇円の割合による合計二七万六五〇〇円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。右金額をこえる分については、本件事故と相当因果関係がないと認める。

(三)  入院付添費

成立に争いのない甲第二号証、証人徳田慶子の証言と経験則によれば、原告は前記入院期間中昭和五一年七月一三日から翌月二三日までの四二日間重傷のため付添看護を要し、その間妻慶子その他の者が付添い一日二五〇〇円の割合による合計一〇万五〇〇〇円の損害を被つたことが認められる。右金額をこえる分については、本件事故と相当因果関係がないと認める。

(四)  後遺障害による将来の逸失利益

成立に争いのない甲第一八号証、証人徳田慶子の証言、林道倫精神科神経科病院および光生病院への調査嘱託に対する各回答並びに弁論の全趣旨を総合すると、つぎの事実が認められる。即ち、原告は、林道倫精神科神経科病院での加療の後、昭和五二年五月から玉野市築港所在の高松駅弁当株式会社に勤務し、弁当を船に積込む等の作業に従事して、昭和五三年中の年収として総額一八二万六一五七円を得るまでになつていたこと、然るに、昭和五三年暮ころから勤務先の事情から事務的な仕事もしなければならぬようになり、続いて昭和五四年七月一日にはてんかん発作が出現したため、以後は全く就労しないまゝでいること、しかし、てんかんの発作そのものは昭和五五年二月一三日に再度の発作があつたほかは、けいれん防止剤を服用していることもあつて出現していないこと、前記林病院で原告の治療を担当した医師も、原告には習熟した業務や比較的簡単な業務には適応できるであろうと判断していたこと、右てんかん発作出現前における原告の本件事故に基づく後遺障害の程度は、自賠責保険後遺障害等級第九級相当と査定されていたこと。

そこで、これらの事実を総合考慮するとき、原告は、前記後遺障害のため、その労働能力を四五パーセント程度失つた(自動車損害賠償保障法施行令、別表第九級一〇号と第七級四号の中間程度)ものと認めるのが相当である。そうすると、原告の就労可能年数は、昭和五四年一月から満六七歳までの一〇年間と考えられるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、金六五二万八八八五円となる。

算式 年収一八二万六一五七円×〇・四五×七、九四四九=六五二万八八八五円

尤も、成立に争いのない甲第一二、第一三号証、証人中島洋一の証言中には、原告が前記後遺障害のためより高い割合の労働能力を喪失しておると窺える記述、供述部分があるが、これらは、前掲証拠や成立に争いのない甲第九号証に対比するとき、にわかに採用しがたいところである。

(五)  慰藉料

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、原告の年齢、実族の関係、その他諸般の事情を考えあわせると、原告の慰藉料額は金七九〇万円(うち後遺障害に対し五〇〇万円)とするのが相当であると認められる。

第四過失相殺

前記第一(五)認定の事実によれば、本件事故の発生については、原告にも右折に際して後方の安全確認を怠つた過失が認められるところ、前記認定の被告の過失の態様、即ち進路前方の安全確認不十分、速度不適当、減速等その他諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の総損害の三〇パーセントを減ずるのが相当と認められる。

第五損害の填補

請求原因5(損害の填補)の事実は、当事者間に争いがない。よつて、原告の前記損害額一〇六一万六九七三円から右填補分四七四万〇六三二円を差引くと、残損害額は金五八七万六三四一円となる。

第六弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は金六〇万円とするのが相当であると認められる。

第七結論

よつて、被告は、原告に対し金六四七万六三四一円、およびうち弁護士費用を除く金五八七万六三四一円につき被告へ訴状送達の翌日たることが記録上明らかな昭和五五年一〇月三日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 相瑞一雄)

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